映画「だれかの木琴」の感想!誰もが孤独を抱えて生きている。

こんにちは。本日9月10日は映画「だれかの木琴」の公開日でした。僕は池松壮亮が好きで、以前からこの映画に興味を持っておりました。予告編で見た感じ「ストーカー」の物語。という感じでなんですが、そこまでシリアスな感じもなくソフトに観れる映画です。

現代を生きる誰もが「孤独」や「寂しさ」を抱えて生きている。そんな闇をチラッと垣間見れるような、そんな映画です。

▽だれかの木琴 予告編

だれかの木琴 あらすじ

主人公である親海小夜子(常盤貴子)は、夫と娘の3人暮らし。仕事に没頭する夫、自分の手を離れつつある反抗期の娘、毎日一人で家事をこなす親海は知らず知らずのうちに心に「寂しさ」を溜め込んでいた。そんな中、ふと訪れた美容院で美容師の海斗(池松壮亮)に出会う。

カットの後に送られてきた「本日はありがとうございました。」という営業メールが、親海の中の何かを崩し始める。現代を生きる人の抱える「孤独」、そしてその心の隙間を描いた物語。これといった派手な展開はないものの引き込まれる。

だれかの木琴 感想

誰もが抱える「孤独」や「寂しさ」

この映画を観ていると孤独ってなんなんだろうかって思わされました。主人公の親海は、家族があってマイホームがあって、かわいい娘がいる。夫から身体は求められていても、親海の心は満たされていない。人が根っこの部分で求めているのはなんなんだろうか。心のつながり?愛?映画を観た直後の今、なんだかそんなことをぼんやりと考えています。

物理的に誰かと一緒にいれば孤独ではないのか、というとそんなことは決してないし、一人でいる時は必ず孤独かというとそうでもない。ほんと人の心ってなんなんだろう、難しいなぁ〜って思うのでした。

心の隙間

現代はいつでも誰とでも簡単にコミュニケーションが取れるようになりました。この映画のように美容院で出会った美容師さん、コンビニやカフェの店員さん、連絡を取ろうと思えば簡単にメッセージを送れる世の中。

そんな環境にいると、隙間にいろんなものが差し込んでくるんだろうなって思いました。逆に言うと、大切な人の心の隙間を埋めてあげられるような、そんな人であれたらな、なんてことを思うのでした。

池松壮亮の演技が好きです

池松壮亮目的で鑑賞したと冒頭でも書かせていただきましたが、こういう派手な展開やアクションもなく、しっとりした空気感をつくれる池松壮亮が改めてすごいなって思いました。過去の映画になりますが「ぼくたちの家族」で池松壮亮が好きになったのですが、闇を投影するようなシーンもまーるく柔らかに表現してくれるような気がします。

おわりに

以上、映画「だれかの木琴」についてでした。現代を生きる人の抱える「孤独」や「寂しさ」。皆さんにはそんな「心の隙間」を埋めてくれる人や場所はあるでしょうか。この映画でも分かるように、そういう隙間は日常生活から逸脱した場所に存在するのではなく、普段の生活の延長線上にある。

孤独や寂しさから目を背けるのではなく、向き合い寄り添っていかなくてはいけないものなんだなと感じた1日でした。本日もここまでお読みいただきありがとうございました。

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この記事を書いた人
MIYALOG編集部
こころの元気をチャージする。20代のジレンマに立ち向かう、元気が出るライフハックブログ『MIYALOG』の編集部です。現在、ライター様、寄稿ライター様を募集しています。
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