映画「フレフレ少女」を観て考えた『頑張れ』という言葉の違和感の正体

こんにちは。元気が出る映画の感想・レビューを綴っている宮田です。フレフレ少女という「応援団」をテーマにした映画を観て感じた、「頑張れ」という言葉を発した時の自分の中の違和感について書いてみたいと思います。

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頑張れという言葉に違和感を覚え始めた

「頑張れ」という言葉は物心ついた時にはすでに知っていた言葉で、日常生活の中で幾度となく励ましの言葉として使ってきました。

だけどいつの頃からか、その「頑張れ」という言葉に違和感を感じるようになったのです。それはよく言われるような「頑張れという言葉は上から目線。一緒に頑張ろう。」という様な類の立ち位置の問題ではなくって。

僕の中の違和感はそういうものとはちょっと違っていて。

テレビで甲子園を見ていて言葉にする「頑張れ」、箱根駅伝を見ていて言葉にする「頑張れ」。そういう「頑張れ」は言えるのに、目の前の知っている人に対する「頑張れ」を言った時、心の中のざわめきみたいなものがあったんですよね。

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このモヤモヤは一体なんなんだろう〜・・・って思いながら過ごしていたんですが、この記事のタイトルにもある通り、映画「フレフレ少女」を観て「頑張れ」という言葉の意味、そして僕が抱えていた違和感の正体を教えてくれました!!

人を励ます資格

この映画の中で出てくる、僕に気づきと衝撃を与えてくれた一言がこちらです。

応援する人は、応援される人よりも強くなければいけない。より努力した人間だけに他人を励ます資格がある。

このセリフを聞いてハッとしました。

自分が誰かに対して「頑張れ」って言葉を使った時、その言葉を使えるだけ自分が頑張れているか?ってことを無意識に自問していたんだなって。そして今の自分は昔に比べて誰かに頑張れって言えるほど頑張れていないんだろうなって。

その言葉の持つエネルギーに、自分がついていけてないんだなって思いました。

他人と比べてとか、世間一般的にとか。そういう基準で比べなくて良いので、自分の中のマックスで日々生きていたいと思わされた瞬間でした。学生時代に一緒に頑張って活動していたメンバーにまたいつかどこかで会っても、頑張ろうなって言い合えるように、今また改めて頑張ろうと思いました。

おわりに

年齢を重ねるごとに感じていた「頑張れ」という言葉の違和感。その違和感は自分がマックスで生きられていない。という自分自身の姿勢へのモヤモヤであることが分かりました。

自分に胸を張って生きられるよう、悔いのないよう、一日一日を大切に生きていきたいと思います。本日もここまでお読みいただきありがとうございました。

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この記事を書いた人
MIYALOG編集部
こころの元気をチャージする。20代のジレンマに立ち向かう、元気が出るライフハックブログ『MIYALOG』の編集部です。現在、ライター様、寄稿ライター様を募集しています。
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